再生医療等製品の製造現場において、品質管理の要となるのが計測機器や製造設備の適切な管理です。特に「校正」と「バリデーション」は、どちらも品質保証に欠かせない活動でありながら、その定義や適用範囲の境界線に迷われる担当者様も少なくありません。GCTP省令(再生医療等製品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令)においても、これらの実施は厳格に求められています。
本記事では、再生医療分野における校正とバリデーションの明確な違いから、具体的な実施手順、そして現場でよく使用される機器の管理事例までを詳しく解説します。両者の関係性を正しく理解し、査察にも耐えうる堅牢な品質管理体制を構築するための手引きとしてご活用ください。
再生医療分野における校正とバリデーションの違い

再生医療の製造管理において、「校正」と「バリデーション」は頻繁に使用される用語ですが、それぞれの役割と目的は明確に異なります。これらを混同したまま運用を行うと、品質管理システムの不備につながりかねません。ここでは、それぞれの定義と相互の関係性について、基本から整理していきましょう。
校正(Calibration)とは計測機器の正確さを確認する作業
校正(Calibration)とは、計測機器が示す値と、基準となる標準器が示す値との関係を比較し、その「偏り」や「不確かさ」を確認する作業を指します。あくまで現状の機器がどの程度正確かを知るための行為であり、機器を修理したり調整したりすること自体は含みません(調整は校正の結果を受けて行われる別工程です)。
例えば、温度計が「37.0℃」を示しているとき、標準器が「37.2℃」を示していれば、その温度計にはマイナス0.2℃の偏差があることがわかります。このズレを把握し、許容範囲内であるかを確認することが校正の主目的となります。
バリデーション(Validation)とは目的への適合性を検証する一連の活動
一方、バリデーション(Validation)は、特定のプロセス、方法、機器などが、期待される結果を恒常的に生み出すことを検証し、文書化する一連の活動です。校正が「機器単体の正確さ」に焦点を当てるのに対し、バリデーションは「目的とする品質が得られるかどうかの確実性」に焦点を当てます。
再生医療においては、製造工程や洗浄工程、試験検査工程などが、あらかじめ設定された仕様や品質属性に適合した製品を一貫して製造できることを科学的に証明する必要があります。これがバリデーションの本質です。
適格性評価(Qualification)とバリデーションの階層構造
設備や機器に関連するバリデーション活動の中で、特に重要なのが「適格性評価(Qualification)」です。これはバリデーションの一部を構成する要素で、設備やシステムが正しく据え付けられ、正しく機能し、実際に期待される性能を発揮することを確認するプロセスです。
一般的に、適格性評価はバリデーションの下位概念として位置づけられますが、実務上は機器導入時のバリデーション活動そのものを指す言葉として使われることも多いです。DQ(設計時)、IQ(据付時)、OQ(運転時)、PQ(性能)といったステップを踏んで実施されます。
校正とバリデーションの適用範囲の境界線
校正とバリデーション(特に適格性評価)の境界線は、「校正はバリデーションの前提条件である」という点にあります。バリデーションを実施する際、使用する計測機器が正しい値を示していなければ、検証結果そのものの信頼性が失われてしまうからです。
つまり、適格性評価(OQやPQ)を行う前には、必ず計測機器の校正が完了していなければなりません。校正によって機器という「点」の正確さを担保し、その上でプロセス全体という「線や面」の妥当性をバリデーションで保証する、というイメージを持つと理解しやすいでしょう。
GCTP省令において両者の管理が重要視される理由

再生医療等製品は、従来の医薬品とは異なり、生きた細胞や組織を扱うため、その品質管理には特有の難しさがあります。GCTP省令において、なぜこれほどまでに校正とバリデーションが重要視されるのか、その背景にある理由を深掘りします。
再生医療等製品の品質恒常性の確保
再生医療等製品の原材料となる細胞は、ドナーや採取部位による個体差が大きく、製造工程におけるわずかな環境変化が最終製品の品質に多大な影響を与える可能性があります。温度、湿度、CO2濃度などの培養条件を一定に保つことは、製品の品質恒常性を確保するための生命線です。
計測機器が正しく校正され、設備がバリデーションされていなければ、意図せず培養環境が変動していても気づくことができません。品質のバラつきを最小限に抑え、常に同等の品質を持つ製品を患者様に届けるために、厳格な機器管理が求められるのです。
科学的妥当性に基づくデータの信頼性担保
GCTP省令では、製造および品質管理の結果が科学的根拠に基づいていることが強く求められます。製造記録や試験検査記録に記載されるデータは、すべて「信頼できる機器」から得られたものでなければなりません。
もし校正されていない機器で測定を行っていた場合、そのデータには客観的な正当性がなくなり、製品の出荷判定を行う根拠として不十分となります。データの完全性(Data Integrity)を担保し、科学的な妥当性を持って製品の安全性と有効性を説明するためには、定期的な校正とバリデーションが不可欠です。
規制当局の査察における主要な確認事項
規制当局(PMDAや都道府県など)による実地調査(査察)において、機器の管理状況は必ず確認される重要項目の一つです。特に、「校正計画書に基づき定期的に校正が行われているか」「バリデーションの結果が適切に文書化され承認されているか」は厳しくチェックされます。
これらに不備があると、GCTP適合性調査において指摘事項となり、最悪の場合、製造停止や製品回収などの事態に発展するリスクもあります。適切な校正とバリデーションの実施記録は、法令遵守(コンプライアンス)を証明するための最強の防具となるのです。
機器管理における校正の具体的な実施手順

では、実際に現場で機器の校正を行う際、どのような手順で進めればよいのでしょうか。単に外部業者に依頼して終わりではなく、自社で管理すべきポイントがいくつか存在します。ここでは、実務に即した具体的な実施手順を解説します。
国家標準に紐づくトレーサビリティの確保
校正において最も重要な概念が「トレーサビリティ」です。これは、現場で使用する計測機器が、上位の標準器を通じて、最終的に国家標準(日本の場合は産業技術総合研究所などが管理する特定標準器)につながっていることを証明する連鎖のことです。
校正を実施する際は、使用する標準器が有効な校正期間内にあり、かつ国家標準へのトレーサビリティが確保されていることを確認する必要があります。外部委託する場合は、校正証明書とともに「トレーサビリティ体系図」を入手し、この連鎖が途切れていないかを確認しましょう。
機器の重要度に応じた許容値の設定
校正の結果、機器の誤差が判明したとしても、それが直ちに「不合格」を意味するわけではありません。重要なのは、その誤差が自社のプロセスにおいて許容できる範囲内(許容値)に収まっているかどうかです。
許容値は、メーカーのカタログスペック(仕様)をそのまま採用するのではなく、その機器が使用される工程の重要度や要求精度に応じて設定すべきです。例えば、厳密な温度管理が必要な培養工程と、参考程度の室温確認用温度計では、設定すべき許容値は当然異なります。
リスクベースアプローチによる校正周期の決定
校正周期(インターバル)の決定は、多くの担当者様が悩まれるポイントです。「1年に1回」と一律に決めることが多いですが、本来はリスクベースアプローチに基づいて決定するのが理想的です。
機器の使用頻度、設置環境の過酷さ、過去の校正履歴(経年変化の傾向)、測定データの重要性などを考慮し、科学的な根拠を持って周期を設定します。安定している機器は周期を延ばし、ズレやすい機器は短くするなど、メリハリのある管理がコストと品質のバランスを保つ鍵となります。
校正実施後の記録作成と校正ラベルの表示
校正を実施した後は、必ず記録を作成し保存します。記録には、校正日、実施者、使用した標準器、測定データ(校正前・校正後)、判定結果などを漏れなく記載します。
また、現場の機器自体にも「校正済みラベル」を貼付し、使用者がひと目で校正状態を確認できるようにします。ラベルには、校正実施日だけでなく「次回校正予定日」も明記することが重要です。これにより、期限切れの機器を使用してしまうリスク(うっかりミス)を防ぐことができます。
設備・機器導入時における適格性評価の実施フロー

新しい設備や機器を導入する際には、適格性評価(Qualification)を実施し、バリデーションの一環としてその適合性を確認する必要があります。一般的にVモデルと呼ばれる流れに沿って行われる、導入時の評価フローを見ていきましょう。
バリデーションマスタープラン(VMP)の策定
バリデーション活動を始めるにあたり、まずはバリデーションマスタープラン(VMP:バリデーション全体計画書)を策定します。これは、対象となる設備やシステムの範囲、実施体制、スケジュール、適用するガイドラインなどを定めた羅針盤のような文書です。
個別の機器導入においては、このVMPに基づき、具体的な実施計画書を作成していきます。計画段階で「何を」「どのように」「どの基準で」検証するのかを明確にしておくことが、後工程での手戻りを防ぐために極めて重要です。
ユーザー要求仕様書(URS)と設計時適格性評価(DQ)
機器を選定する前に、まずはユーザー側(製造部門や品質管理部門)がその機器に求める機能や性能を文書化した「ユーザー要求仕様書(URS)」を作成します。
続いて、メーカーから提案された仕様がURSを満たしているかを机上で確認するのが「設計時適格性評価(DQ)」です。発注前にこのDQを確実に行うことで、「導入してみたら必要な機能がなかった」「スペックが不足していた」といった致命的なミスを未然に防ぐことができます。
据付時適格性評価(IQ)による設置状態の確認
機器が納入されたら、「据付時適格性評価(IQ)」を実施します。これは、機器が設計図書や仕様書通りに正しく設置され、接続されているかを確認するプロセスです。
具体的には、外観確認、型式・シリアル番号の照合、電源やガスなどのユーティリティ接続の確認、配線のチェック、付属品の確認などを行います。まだ機器を稼働させる前の、静的な状態での検証がメインとなります。
運転時適格性評価(OQ)による稼働性能の検証
IQが完了したら、次は「運転時適格性評価(OQ)」へと進みます。ここでは実際に機器を稼働(空運転)させ、各種機能が正常に動作するかを検証します。
スイッチのオン・オフ、温度制御機能の確認、アラームの発報テスト、回転数や流量の確認などが含まれます。機器が持つ能力の限界値(上限・下限)での動作確認や、停電からの復帰動作など、最悪のケースを想定したテストもこの段階で行うことが一般的です。
性能適格性評価(PQ)による実負荷での検証
最後に実施するのが「性能適格性評価(PQ)」です。実際の製造プロセスに近い状態、あるいは模擬的な負荷をかけた状態で、機器が要求される性能を一貫して発揮できるかを確認します。
例えば、インキュベーターであれば実際に培養容器を入れた状態での温度分布測定などが該当します。OQが「機器単体の機能」を見るのに対し、PQは「実運用環境での性能」を見るものであり、プロセスバリデーション(PV)へとつながる重要なステップです。
再生医療現場における主要機器の管理事例

再生医療の現場では多種多様な機器が使用されますが、それぞれ管理すべきポイントが異なります。ここでは、特に重要度の高い主要機器をピックアップし、実際の管理事例を紹介します。
CO2インキュベーターにおける温度・ガス濃度の分布測定
細胞培養の要となるCO2インキュベーターでは、庫内の温度とCO2濃度が均一であることが求められます。管理のポイントは、表示値の校正だけでなく、庫内複数点での分布測定(マッピング)を行うことです。
センサーが設置されている1点だけでなく、棚の四隅や中央など、細胞が置かれる可能性のある場所すべてが許容範囲内に入っているかを確認します。また、ドアの開閉による温度・ガス濃度の復帰時間も重要な検証項目となります。
安全キャビネットにおける面風速と清浄度の確認
無菌操作を行う安全キャビネット(バイオハザード対策用キャビネット)は、作業者の保護と製品の無菌性保証の両面で重要です。ここでは、吹き出し風速や吸い込み風速が規定範囲内であるか(面風速測定)、気流の方向が適切か(スモークテスト)を確認します。
さらに、HEPAフィルターに漏れがないかを確認するリークテストや、清浄度クラスの測定も定期的に実施し、無菌環境が維持されていることを担保します。
細胞保存用超低温フリーザーの温度マッピング
貴重な細胞マスターバンクなどを保管する超低温フリーザー(-80℃や-150℃)では、庫内の温度分布測定が必須です。特に霜取り運転時やドア開閉時に、保管検体の温度が許容上限を超えないことを検証する必要があります。
また、万が一の停電や故障に備え、温度上昇試験(保冷性能の確認)を実施し、異常発生から何時間までなら安全に保管できるかを把握しておくことも、リスク管理として非常に有効です。
微粒子測定器(パーティクルカウンター)の校正
クリーンルームの環境モニタリングに使用される微粒子測定器(パーティクルカウンター)は、清浄度評価の基準となる機器です。この機器自体の精度が狂っていては、環境管理の前提が崩れてしまいます。
定期的な流量校正(吸引量が正しいか)、計数効率の確認、偽計数(ゼロカウント)の確認などが主な校正項目です。これらは専門的な設備が必要なため、メーカーや専門業者に引き取り校正を依頼するのが一般的です。
まとめ

再生医療分野における「校正」と「バリデーション」は、安全で有効な製品を患者様に届けるための両輪です。校正によって機器という「点」の正確さを維持し、バリデーションによってプロセスという「線」の妥当性を保証することで、はじめて堅牢な品質管理体制が築かれます。
GCTP省令の要件を満たし、査察指摘を回避するためには、それぞれの定義を正しく理解し、計画的かつ科学的根拠に基づいた管理を継続することが何より大切です。日々の業務は煩雑になりがちですが、一つひとつの記録が信頼の証となることを意識し、適切な運用を心がけていきましょう。
校正とバリデーションについてよくある質問

最後に、校正とバリデーションに関して、実務担当者様からよく寄せられる質問をQ&A形式でまとめました。疑問点の解消にお役立てください。
- Q1. 校正周期はどのように決めればよいですか?
- A1. 一律に決めるのではなく、メーカー推奨期間、使用頻度、重要度、過去の逸脱履歴などを考慮したリスクベースアプローチで決定します。最初はメーカー推奨に従い、データの安定性を確認しながら最適化するのが一般的です。
- Q2. メーカー点検と校正の違いは何ですか?
- A2. メーカー点検は機器の故障予防や機能維持(メンテナンス)が主目的ですが、校正は「値の正確さの確認」が目的です。点検に校正が含まれる場合もありますが、明確に区別して管理する必要があります。
- Q3. バリデーションは導入時に一度行えば終わりですか?
- A3. いいえ、終わりではありません。導入時のバリデーションに加え、定期的な再バリデーションや、設備・工程に変更があった際の変更時バリデーションが必要です。
- Q4. 校正を外部委託する際の注意点は?
- A4. 委託先がISO/IEC 17025認定などの適切な資格を持っているか、使用する標準器のトレーサビリティが確保されているかを確認し、必ず校正証明書とトレーサビリティ体系図を入手してください。
- Q5. 古い機器のバリデーション記録がない場合、どうすればよいですか?
- A5. 過去の運用データや実績を収集・分析し、遡って妥当性を評価する「回顧的バリデーション」を実施することで対応可能な場合があります。ただし、現状の適格性評価(現状確認)も併せて行うことが望ましいです。



